使徒 2:9 私たちは、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人、またメソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、
10 フルデヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者たち、また滞在中のローマ人たちで、
11 ユダヤ人もいれば改宗者もいる。またクレテ人とアラビヤ人なのに、あの人たちが、私たちのいろいろな国ことばで神の大きなみわざを語るのを聞こうとは。」
使徒の働き2章でペンテコステ(五旬節)の日にエルサレムに集まっていた人々は、当時の地中海世界から中東全域(当時の「既知の世界」)にまたがっています。

「東の遠方(ペルシャ方面)から順に、北のアジア小、南のアフリカ、西のローマや島々」へと広がる地理的順序で並んでいます。
| グループ | 聖書内の地名 | 現在の対応エリア・国 |
| 【東部(パルテア・メソポタミア方面)】 |
パルテア・メディア・エラム メソポタミア |
イラン、イラクなどのティグリス・ユーフラテス川流域 |
| 【北部(小アジア / 現トルコ周辺)】 |
カッパドキア・ポント・アジア フリギア・パンフィリア |
トルコ全域(アナトリア半島)の各州 |
| 【南部(北アフリカ・地中海沿岸)】 |
エジプト クレネに近いリビヤの諸地域 |
エジプト、リビア |
| 【中央・南部(近東)】 |
ユダヤ アラビア |
イスラエル周辺、アラビア半島 |
| 【西方・地中海(ローマと島々)】 |
ローマ(旅く人のローマ人) クレタ |
イタリア(ローマ)、ギリシャのクレタ島 |
中心にあるエルサレム(Judea)に向けて、当時の地中海〜近東・中東全域(西はイタリアから東はイランまで、北は黒海沿岸から南はアラビア・エジプトまで)という広大な範囲から人々が集まっていたことが視覚的に理解できます。
このリストは、西はイタリア(ローマ)から東はイラン(パルテア)、北は黒海(ポント)から南はエジプト・アラビアまで、当時の世界全域から人々が集まっていたことを示しています。聖霊降臨によって彼らがそれぞれの母国語で「神の大いなる御業」を聞いたことは、将来福音があらゆる民族・言語・国家へ広がっていくことを象徴する重要な出来事です。
彼らがエルサレムに集まっていた主な理由は、ユダヤ教の三大祝祭の一つである「七週の祭り(ペンテコステ / 五旬節)」を守るためです。当時のユダヤ人の背景や集まっていた理由には、次のような要因があります。
- 例祭のための巡礼義務
旧約聖書の律法(出エジプト記23:14-17、律法主義的な巡礼規定)に基づき、すべてのユダヤ人男性は年に3回(過越の祭り、七週の祭り、仮庵の祭り)、エルサレムの神殿にのぼることが求められていました。 - 収穫への感謝(五旬節)
七週の祭りは、過越の祭りの翌日から50日目(ギリシャ語で「ペンテコステ」)に祝われる収穫感謝の祭りでした。初物の小麦を神に捧げる時期にあたります。 - ディアスポラ(分散したユダヤ人)の集結
バビロン捕囚などの歴史的経緯により、当時のユダヤ人はローマ帝国やその周辺(パルテア帝国など)の広大な地域に散らばって生活していました(ディアスポラ)。彼らは一生に一度、あるいは定期的にエルサレムへ巡礼に訪れていました。 - 改宗者(プロセライト)の存在
異邦人でありながら一神教であるユダヤ教の信仰を受け入れた人々も、巡礼者として各地からエルサレムへ集まっていました。
このような背景があったため、エルサレムには当時知られていた古代世界のあらゆる地域から、異なる言語や文化を持つ人々が一堂に会していました。そのタイミングで聖霊が降臨し、各国の言葉で福音が語られたことで、メッセージが世界中に持ち帰られるきっかけとなりました。
